世界マンガ紀行 台湾編

食べ物は美味しく人は親切。同じ漢字文化圏でどことなく懐かしくて落ち着くし、「日本人はみんな大好き!」といいたいくらいファンの多い台湾ですが、実は世界の中でも台湾のマンガは最も日本とかかわりが深い――ということはあまり知られていません。でもオタクのみなさんの中には、台南の都市・高雄の地下鉄の擬人化=「高捷少女(たかめしょうじょ)」は知ってる!とか、艦隊擬人化では、台湾の「鋼鉄少女」の方が、「艦コレ」より早いんだよね、と知ってる方もいるかもしれません。

私自身も台湾のマンガ文化についてきちんと認識したのは、2014 年秋にまさに高雄で開かれたマンガサミットに米澤英子さんとともに参加し、そのあと台北に移動して書店や出版社、多数のマンガを収蔵した図書館などを回って調査を行ってからのこと。
その後、シンガポールで在外研究中の2016年12月にも調査で訪れて、同人イベントComicWorld Taiwan44に参加し、つい最近、今年10月にも、台北で開かれたComic Horizon百合オンリーイベントに行ってきました! 今回はそれらの調査の成果をまとめてご報告。

[執筆者紹介]
藤本 由香里
評論家 明治大学国際日本学部教授
07年まで編集者として働くかたわら、コミックを中心に評論活動を行う。08 年から明治大学へ。
1年半のニューヨーク滞在、半年のシンガポール滞在を終え、2017年3月末に日本帰国。著書に『私の居場所はどこにあるの?』(朝日文庫)、近著に『きわきわ』(亜紀書房)、福田里香・やまだないと両氏との共著『大島弓子にあこがれて』(ブックマン社)など。

*なお、これらの調査はそれぞれ、科学研究費補助金・基盤A「コンテンツの創作・流通・利用主体の利害と著作権法の役割」(代表:中山信弘)、基盤B「Manga <style>の海外への伝播と変容」「BL等の表現の国際的な広がりと、各国での現実のLGBTとの社会的関係の国際比較」(いずれも代表:藤本由香里)の助成を受けています。

台湾の歴史と戒厳令下のマンガ文化

台湾は第二次世界大戦が終わるまで日本領でしたが、それは明治時代の1895年、日清戦争によって清国から割譲された時にさかのぼります。清はその後1911年、辛亥革命によって中華民国となり、1945 年に第二次世界大戦が終わると、台湾も中華民国に属することになりました。しかし、そのわずか数年後の1949年、中国共産主義革命が起こり、中華人民共和国が建国され、敗退した中華民国政府は台湾へと移住。台湾に戒厳令体制を敷きます。これが、1949年から1987年まで38年間に及ぶ、台湾の長い長い戒厳令体制の始まりでした。
この戒厳令は、台湾のマンガ文化にも多大な影響を与えました。戦後、台湾の漫画文化は隆盛を迎え、とくに武侠漫画が盛んだったようですが、これが「暴力的な描写が多く、子供に悪い影響を与える」というので、1966年に「漫画審査制度」が施行され、すべての漫画作品は事前検閲を受けてパスしないと出版できなくなってしまったのです。しかもこの検閲は厳しく、なかなか審査を通らない。描いても出版できないので、漫画家たちも次々と転業していきました。
いったいどうすれば審査を通るのか……? 漫画家や出版社が困り果てた中で一つのアイディアが生まれました。もしかして、台湾の漫画よりも子供向けに見える日本のマンガを下敷きにして、そこから畳や障子などの日本文化の要素(=当時は輸入が禁じられていた)を抜いて、台湾を舞台にして真似描きすれば審査を通るのではないか――?
はたしてこのアイディアは正解でした。日本の子供向けマンガ、とくに小学館の学年誌に載るようなマンガは、それまでなかなか通らなかった政府による厳しい審査をパスしたのです。
なかでも1975年、低年齢層向けの日本マンガを中国語訳して連載する『漫画大王』という雑誌が出版され大人気となってからは、この動きが加速されました。ここから次々と追随する作家や出版社が現れ、70年代末から日本マンガブームが起こります。こうして台湾では、日本マンガ(の海賊版)が、台湾の漫画を数の上でも圧倒的に凌駕するようになったのです。
もちろん、こうした状態が続くと、台湾の漫画界を日本マンガが席巻しているような状態はよくない、という反発「漫画清潔運動」が台湾の漫画家から起こり、検閲のスピードも遅くなって、日本マンガの海賊版はしだいに減っていきます。1987年にようやく戒厳令が解除されたことにより、「漫画審査制度」も廃止されることになり、日本マンガ海賊版が再び息を吹き返すのですが、実にこの検閲制度は20年以上も続いたことになります。
じつはこの時期の作品は、台北の台北市立図書館中崙分館に収蔵されていて、ガラスケースに入っている雑誌類も出してもらって自由に見ることができます。

ここで件の『漫画大王』をはじめとする雑誌や単行本をたくさん見ることができましたが、いやあ、めちゃくちゃ面白かった!
『漫画大王』はその表紙からして小学館の学習雑誌にそっくりです。小学館の学習雑誌は戦前から出されており、終戦までは台湾でも読まれていたわけですから、その影響もあるかもしれません。中身もほんと懐かしく、「え、えっ、こ、これは谷ゆき子先生のバレエマンガ⁉」(笑)、「えっ、これはもしかして川崎のぼる先生……?」「あっ、こちらにはウルトラマン!」という感じで、超面白い!
雑誌だけでなく、単行本も、日本で人気の作家さんたちの真似描きが多く、少女マンガでは里中満智子先生とか、懐かしいところでは、のがみけい『ナイルの鷹』の単行本なんかもある。男性向けでは劇画調の作品が人気らしく、さいとう・たかを先生の作品を下敷きにしたらしいものが目立ちます。
80年代になってくると写真製版が進んで、真似描きではなく、日本マンガの単行本を編集してオフセットで印刷した本が目立ってくるのですが、面白いのは、1冊で売れるように少女マンガの短編を編集したアンソロジー。たとえば『人魚公主』(人魚姫)と題された短編集では、表紙が「エースをねらえ!」で扉が柴田あや子、中身は山岸凉子で、広告は大和和紀、といった具合。『青春群像』と題された方は、表紙が大島弓子で中身は『はいからさんが通る』!。『美少年』という短編集の表紙は竹宮惠子で、扉をめくると山岸凉子……とか、面白すぎて時間を忘れてしまいます。

台湾は、海賊版脱却の恩人!

こう書くと、「ほんとにアジアは海賊版ばかりでひどい!」「著作権意識はないの?」とか怒り出す人がいるのですが、じつはこの時代に関してはそれは大きな誤解です。それどころか台湾こそが、日本マンガが海賊版時代を脱却し、正規版権の時代に移行するブレイクスルーを作ってくれた恩人ともいえる存在なのです。台湾の努力がなければ、海外で日本マンガが正規版で読まれるようになる時代はもっと遅れていたでしょう。
どういうことかと言えば、まず、台湾が日本マンガの正規版化に乗り出す90 年代の初めまでは、日本は海外に版権を輸出することにあまり積極的ではありませんでした。それどころか海外、とくにアジアの出版社が正式な版権契約を求めてきても、基本的には門前払いというのがデフォルトだったのです。
これにはいろいろな理由がありますが、当時はそもそも出版社に海外版権を担当する部署がほとんどなく、また60年代末から80年代にかけては、マンガ産業が倍々ゲームで発展していくような時期で、海外のことまで気にかけている余裕がなかったというのがあります。当時はまだ日本と他のアジア諸国の通貨価値の格差も大きかったので、事務の担当者は国内の契約業務等で手いっぱいで、手間がかかる割に儲けが少ない海外版権に人手を割く余裕がなかったのです。アジア全体が海賊版文化隆盛の中で、一つ二つ正規版を出しても、海賊版に対抗できないという判断もあったでしょう。
また、当時はまだ戦争の傷跡が大きく、アジア各国は日本の「文化侵略」を警戒していました。韓国・台湾・中国などかつて日本に植民地化されていた国では、日本文化の輸入そのものが制限されていました。台湾で日本文化の直接輸入が解禁されたのは、やっと1993年になってからですし、韓国などは1998 年になってようやく解禁。中国ではまだ、海外文化の輸入制限が続いています。
そしてそもそも、当時のアジアでは、万国著作権条約やベルヌ条約などの国際著作権条約に加盟している国の方が少なかった。
これもあまり理解していない人が多いですが、国際条約に加盟していない国は、道義上はともかく国際法上は、他国の著作権を守る義務はないのです。そして複雑な歴史を持つ台湾はそもそも「国」だと認められていないので、国際著作権条約に加盟することはできません。ただWTOに加盟すれば、自動的に国際著作権条約に従うことになり、90年代に入ってからの台湾は、このWTO加盟を目指していました。しかしいずれにせよ当時の台湾には、日本の著作権を尊重する義務はないわけですから、これらは正確には「海賊版」ではなく、「非正規版」だということになります。
しかしこの状況が変わったのが1990年代初めのことでした。1992年、台湾の著作権法が改正されることになり、これをにらんで、台湾の出版社たちがいっせいに、正規版権の契約を求めて日本を訪れることになります。じつはこの裏には、当時NIESとかNICKS(新興工業国/地域)と呼ばれて当時経済成長著しかったアジア諸国(具体的には韓国・台湾・香港・シンガポール)に対して、知的財産保護を求めるスペシャル301条項を背景にしたアメリカからの圧力がありました。このあたりの事情は、これからお話しすることも含めて、藤本由香里「アジアにおける海賊版マンガから正規版への移行過程と残る諸問題――台湾とタイの事例を中心に――」(中山信弘・金子敏哉編『しなやかな著作権制度に向けて』信山社所収)に詳しく書いていますので、興味のある方はそちらを参照してください(ただし高価な本なので、図書館に注文することをお勧めします)。
ともあれ、これらの出版社の動きを受けて「これはこれまでとは様子が違う」と日本の出版社も、今度は本格的に対応すべく動き始めます。まず講談社・小学館・集英社で3社懇をつくり(これはその後、4社懇、5社懇、7社懇、13社懇……と増えていきます)、いっせいに版権をおろすことで海賊版に対抗しようとしますが、ここで問題になったのが、台湾の漫画出版社がこれまで海賊版を出してきたということをどう考えるか、です。日本の出版社の社内には厳しい意見も多く、交渉は難航し、半年がたち1年近くなっても決着しません。

海賊版に対する姿勢は各社で少しずつ違ったのですが、一番厳しい要求は、海賊版の出版を即時停止し、今までに出版した商品もすべて回収して焼却。それができたら正規版権を下す、というものでした。
ここで決心したのが、台湾で一番大きな漫画出版社である東立出版の范萬楠社長です。「漫画審査制度」の中で転業せざるを得なかったけれど、元漫画家だった范社長は日本側の要求をすべてのみ、海賊版の出版を完全に停止し、すでに出荷した商品の回収・焼却も行いました。百人単位の社員がいて、商品を待っている流通や書店も多い中で、この決断はたいへんなことでした。毎日妻には泣かれるし、取次や書店からは抗議がくるし、ほんとうに苦しい日々だったようです。
しかしこの范社長の決断を受けて、日本側も本気になり、1992年夏、日本の大手出版社と台湾の漫画出版社との本格的な正式契約が実現し、東立出版は『少年マガジン』の台湾版として『新少年快報』を、『少年ジャンプ』の台湾版として『宝島少年』を出すことになりました。その後は、当時のもう一つの大手出版社・大然出版と共に、海賊版を扱う流通には商品を卸さないという方策をとることで、台湾にあふれていた海賊版マンガは、1年ほどで許容できる範囲まで消滅したといいます。
そして台湾との契約が本格的な口火を切る形で、アジア各国で日本マンガの正式出版契約が結ばれていくことになるのです。
台湾は人口2400万人弱の小さな島国ですが、なんとここからずっと、2000年代の初めにフランスに抜かれるまで、日本の版権輸出収入のぶっちぎりのトップであり続けてきました。
台湾には現地の漫画家さんも多く、日本マンガの翻訳も台湾の漫画も、数多く出版されています。台湾は、男女別に分かれた数多くの雑誌の存在といい、現地マンガの技術といい、世界中で最も日本のマンガ文化に近い存在です。それは、60年代末から80年代末という、日本のマンガが大きく成長し、技術を完成させていく時期に、同じマンガ文化を共有していたことが大きいのだと思います。
台湾で有名なマンガ・アニメストリートに西門町があり、有名なマンガ専門店に青蛙書店、有名なオタク街に、秋葉原のレンタルショーケースようなプラケースが並ぶ台北中央駅の地下街などがあります。台湾を訪れたらぜひ訪れてみてください。そこでは、私たちと基本を共有するオタク文化に出会えるはずです。

レインボーワールド~コミックワールド台湾!

さて、台湾は同人イベントもとても盛んです。
とくに有名なのは、ファンシーフロンティア(FF)とコミックワールド台湾(CWT)。どちらかといえば、ファンシーフロンティアが男性向け、コミックワールドが女性向けとされていますが、男女でぱっきりと分かれているわけではありません。
私は一番大きいファンシーフロンティアには参加したことがありませんが、コミックワールドの方には参加しました。2016 年12月10・11日に台大巨蛋體育館で行われた、このコミックワールド台湾44が非常に印象的だったので、今回はまずそのお話をしたいと思います。
私が訪れたのは12月10日。到着するとすでに入場待ちの長蛇の列ができていましたが、これはイベントでは見慣れた光景。しかし台湾で独特なのは、アニメキャラでデコレートした痛車のみならず、痛バイクがずらりと並んでいること。なかには痛自転車なんていうのもありました。
このイベントは国立台湾大学近くの大きな体育館の1階・3階・地下を使って行われたのですが、はっきり言って、すごくすごく楽しかったです! 一言でいうと、「晴海時代のコミケみたい!」でしょうか。
今のコミックマーケットはあまりに大きくなってしまったので、お目当てのジャンルを回りきると気が抜けて、もう他を見る気力があまり残っていないのですが(単にトシかも…)、CWT は、まだジャンルに分かれていなくて、出会いを求めて全体をいろいろ見て回れたあの頃のコミケみたいに、頑張れば一日で回れる会場に、さまざまなジャンルの作品が入り混じっています。
ちょうどこの時は「おそ松さん」全盛の頃で、すっごくシャレた作品がいくつもありました。たとえば六角形の同人誌で、アニメ風の絵とリアル風の絵それぞれで、6人の特徴を表現したもの。あるいは『星の王子様』の赤塚不二夫パロディで、「おそ松」たちが王子様に扮してさまざまな星を回っていくのに、それぞれの星に住むキャラクターがすべて赤塚キャラ(ニャロメとかチビ太とか本官とか、デカパンとか…)になっているもの。このサークルでは美しい銀色のショッピングバッグも付けてくれて、ブランドのショッパーみたいなかっこいいそのバッグをよく見ると、「おそ松さん」それぞれのキャラに合わせた「靴」が六つデザインされてあしらわれているのです。これには感動しました。
それからちょうど台湾の布袋劇を下敷きにした虚淵玄さんの『サンダーボルトファンタジー 東離劍遊紀』の第1期が終わった頃だったので、本家本元の台湾ではその同人誌も多かったですし、布袋劇の人形そのものもありました(私、この台湾の布袋劇を写真集で見て以来の大ファンで、その耽美な魅力のとりこになっています)。
また、『文豪ストレイドッグス』が流行っていたのにもちょっとびっくり。なぜなら、これはキャラ化されているとはいえ、日本の文学者を扱っているわけですから、元ネタになじみがないと受け入れられないのでは?と思っていたからです。しかしイベントを回っていると、台湾だけでなく東アジアではけっこう人気で、とくに台湾では、太宰治×中原中也の見事な同人誌が出ていたのに感心しました。
それに台湾では、実写映画のスラッシュ同人誌もけっこうあって、私の愛するスティーブ×バッキ―(好物!)とか、ハリーポッター同人誌などにもレベルの高いものが目立ちます。
可愛いグッズも、技術の高いオリジナルの同人誌も、ほんとにたくさんあって大満足で歩いていると、回っているうちに「あること」に気づきました。
主にBL 作品を描いているサークルさんの机机に、6色の虹の“レインボーフラッグ”が掲げられているのです。日本ではこんなの見たことない! しかもそのレインボーフラッグには「婚姻平権・人人平等」の文字が! 気がつくと、体育館の片方の壁にも、大きなレインボーフラッグが掲げられています。
思い切って、サークルさんの一つに「これは何?」と聞くと、「今日、同性婚を支援するための『結婚の平等を求めるコンサート』があるので、イベントが終わったらみんなでその応援に行くんです!」との返事。
感動しました。台湾で、アジアで初めて同性婚を認める法律が成立した後ろには、こうした支援もあったのですね。2016年12月10日のことです。
胸が熱くなると同時に、BLがこれほど盛んな日本で、どうして同じことができないのだろう?と、ちょっと寂しい気持ちになりました。いえいえ、日本の腐女子たちの活躍はまだまだこれから、のはずだと思います。
腐女子が、あるいは腐男子が、同性婚を支援していくについては台湾でも議論があったそうで、そこから運動が盛り上がっていくまでのことを、台湾交通大学のペイティ・ウォン先生が、2017年7月に神奈川大学で開かれた国際学会で発表されました。聞いていて、「あ、私もいた、あの日のことだ!そんないきさつがあったなんて!」とすごく興味深く、終わると駆けよって「私もあの場所にいました…!」とお伝えしたのも嬉しい思い出です。
ペイティ・ウォン先生のこの時の発表は、今年10月末に出たばかりの論文集、ジェームス・ウェルカー編『BLが開く扉~変容するアジアのセクシュアリティとジェンダー』(青土社)に収録されています。この本には私も「おっさんずラブ」について書いていますし(しかし劇場版はがっかりした! はたして続編は…?)、BLファンにとってはものすごく面白い報告が目白押しなので、興味のある方はぜひお手に取ってご覧ください。

台湾の百合オンリーイベント!

じつは、このCWTと、その後参加した上記の神奈川大学の国際学会がきっかけで、今年から、「BL 等の表現の国際的な広がりと、各国での現実のLGBTとの社会的関係の国際比較」という研究プロジェクトを始めました。同性婚を認める法律が今年正式に成立した台湾は重要な研究対象なので、この10月19日、台北は三重體育館で行われたComic Horizonの百合オンリーイベントに行ってきました。
Comic Horizonは2016 年から始まったイベントで、年に1回は百合オンリーイベントとして開催しており、百合オンリーは今年で4回目になります。その前の2014・15 年には、別の主催者が開催するもう少し小規模な百合イベントがあったのですが、それが続けられなくなったので、16年からComic Horizonとして志を継承した、ということのようです。Comic Horizonの主催者は、GJ(グランドジャーニー)工作室。Comic Horizonは2016年に始まったイベントですが、GJ工作室が主催する同人イベント自体は2008年から開催されています。
一方、日帝時代の1930年を舞台とした、台湾初の歴史百合小説『花開時節』を書いた楊双子さんによると、台湾において百合文化がジャンルとして注目され始めたのは、2004 年に「マリア様がみてる」(=マリみて)のアニメが放映され、中国で、「百合會論壇」というのWebサイトができたのがきっかけだといいます。「百合會論壇」は、最初は「マリみて」からとった「山百合會」という名前だったようですが、そのうちに「マリみて」に限らず百合全般について語り合ったり、作品を発表するサイトになり、「百合會論壇」という名に改まりました。中国のサイトではありますが、半分くらいは台湾からの参加者だったそうです。

その後2007年から台湾で『マリア様がみてる』シリーズの翻訳刊行が始まり、百合がジャンルとして確立していきます(当初の翻訳の評判があまりよくなくて、途中で訳者が「百合會論壇」に翻訳を載せていた人に交代するという一幕もありました)。2014年から百合オンリーイベントも開始。コミックワールドはBLが多いですが、BLオンリーではありません。BLのオンリーはないのに、百合のオンリーはあるというのも面白いところですね。
2016 年にComic Horizonの百合オンリーが始まった時には9割が女性だったそうですが、今は女性と男性の比率は7:3くらいになっています。これは、「ラブライブ」等の人気が高まってきたことも背景にあり、百合オンリーとはいえ、厳密に女性同士の愛に限るわけではなく、女性キャラクターオンリーでも可。「けいおん」とかの世界ですね。実際、サークルさんも女性が多いとはいえ、男性の売り手さんも1 ~ 2割はいたように思えました。
朝早く入ったのに油断してお昼を食べに行ったら、買うつもりの同人誌が昼過ぎにはもう売り切れていたりして、午前中が勝負の、人の多い活発な同人誌即売会だということを実感。
日本で百合というと、商業誌ではあまり絡みは出てこないことが多いですが、これは同人イベントなので、絡みのある作品も一定程度あります。蛇女の百合とか、百合の触手ものとか、目をひいたので思わず買ってしまいます。
片方で『百合漫歩』など、女の子二人が連れだって台湾の名所を歩いて回るというエッセイ漫画的な作品もあって、これは台湾観光案内としてもいい。ほかに「男装の麗人」的な作品や、すごくキャラの立った二人の本格的なマンガ作品もあります。全体にオリジナル作品が多く、二次創作が少ない印象でした。
同性婚関連では、同性婚カップルのための部屋のレイアウトをデザインするというゲームがあり、そこにはレインボーフラッグが掲げられていました。でも今回は、思ったより同性婚関連の作品は少なかったようです。
おりしも、その次の週末には台湾レインボーパレードが予定されており、空港にも横断幕が掲げられ、ポップカルチャーの街・西門町の道路には、大きくレインボーのペイントが掲げられ、観光スポットになっていました。さて日本は? 東京オリンピックに向けてさらに変わっていくのか、そこを超えたあとはどうなのか、未来に期待を託していきたいと思います。

夏コミ96 国際交流コーナー 報告

コミックマーケット96の国際交流コーナーでは、2019年3月にニューヨーク マンハッタンにて開催された『BIG APPLE COMIC CON』について特集しました。

今回も世界中からたくさんの方々が来てくれました。

展示の様子です。会場や同人誌などを展示しました。

大英博物館で日本マンガ展!

令和元年5月23日から8月26日まで、イギリスの大英博物館(British Museum)で、海外では最大級の日本マンガ展“Citi Exhibition MANGA”が開催中です。

今回はそのレポートです。私は直前までニューヨークのQueers & Comicsで発表していて、ロンドンでの研究会のお誘いを受けたこともあり、展示の関係者ではないのですが、ロンドンの国際交流基金にお願いして、現地で日本マンガに関する講演をすることを条件に、21日に行われた内覧会および関連のオープニングイベントにお招きいただきました。
この展覧会にはコミックマーケット関連展示も含まれており、共同代表の安田さん、事務局の里見さん、米澤英子さんとも各イベントでご一緒しました。今回、日本→ニューヨーク→(フランクフルト経由)ロンドン→日本という、初の「世界一周チケット」を使ってのフライトです!大英博物館で日本マンガ展! なんて素敵な響きでしょう。体力的にはヘロヘロになりながらも、いざ出発!

[執筆者紹介]

藤本 由香里
評論家 明治大学国際日本学部教授
07年まで編集者として働くかたわら、コミックを中心に評論活動を行う。08 年から明治大学へ。
1年半のニューヨーク滞在、半年のシンガポール滞在を終え、2017年3月末に日本帰国。著書に『私の居場所はどこにあるの?』(朝日文庫)、近著に『きわきわ』(亜紀書房)、福田里香・やまだないと両氏との共著『大島弓子にあこがれて』(ブックマン社)など。

いざ! 内覧会へ!

内覧会にたどり着くまでの道のりもたいへんだったのですが、そこは割愛。ドキドキしながら大英博物館の正面玄関にたどり着くと、黒地にオレンジ色で“マンガ”と書いた大きな看板に、ごぞんじ『ゴールデンカムイ』のアシㇼパさんが!入り口はここでいいのかな…と躊躇していると、手塚真さんに遭遇。いらしているのは当然ですが、しょっぱなに手塚治虫さんの息子さんに会うというのは、なんだか幸先がいいような気がします。入って左奥のギャラリーが展覧会場。その手前でレセプションが始まります。ここでコミケットの安田さん、里見さん、米澤さんとも無事に顔を合わせることができました。
今回の展示にかかわる萩尾望都先生をはじめとする作家さんたち、講談社・小学館・集英社・白泉社の名だたる編集者の方々がいらして、挨拶できた方もいるものの、広い会場でご挨拶を失してしまった方々も多数いらしたと思います。華やいだ雰囲気の中で始まるオープニングのご挨拶。すべてが英語なので、興奮のせいかお散歩を始める頭の中で、すべてが耳をすり抜けていったことはご容赦を。でもどなたのご挨拶も、日本マンガの人気と多様性と、ジェンダー両義性にふれていらしたような気がします。絶対ここにいらっしゃるはずなのにまだお会いできていない方々が…と心を残しながらも、内覧会のオープンにはやる心! 扉が開いたら、いざ、展覧会場へ!

アリスの穴の中へ

展覧会場に入って、最初にみなさまを迎えるのはアリスです。もちろん『不思議の国のアリス』。イギリスを代表する児童文学で、同時に“ロリコン”のはしりのようにも言われる、ちょっと変な(Queerな)作品でもあります。入り口の左側には、もちろんオリジナルのルイス・キャロル『不思議の国のアリス』の挿絵画家・テニエルによるアリスの後ろ姿。そして右側にはCLAMPのアリスが飛び跳ねています。その横にパネルがあって、「『不思議の国のアリス』はたくさんの日本マンガに影響を与えています。私たちはみなさんを<ウサギの穴>をくぐり抜けた向こうの不思議な旅へご案内します」。そして最初の、“Pictures run riot 思いつくままに描く”というパネルの横には、『不思議な国のアリス』をモチーフにした星野之宣さんの『アリス』。さらに奥には、行く手を覗き込む大友克洋の『不思議の国のアリス』の後姿も。みなさんの中には、
「なんでアリス?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、じつはイギリスでは、日本マンガはあまりポピュラーではありません。 もともとイギリスは言語が英語なので、マンガに関してはヨーロッパ文化圏というよりアメコミ文化圏で、21世紀の初頭までは、読まれているマンガ=コミックの95%がアメコミ。ヨーロッパのバンドデシネも日本のマンガも、残りの5%を分け合っているだけ、というおそるべきアメコミ文化圏でした。その後、2002年からアメリカで日本マンガがぐんぐん人気を得るようになってイギリスでも日本マンガが読まれるようにはなったわけですが、基本的に英語版の日本マンガはアメリカ版の輸入で、イギリス版の英語翻訳は、まずありません。数年前にロンドンの書店で調べたことがあるのですが、これは日本マンガに限らずヨーロッパのマンガであるバンドデシネの翻訳も同じで、アメリカ版でなく、イギリス独自の英語版があったのは、私が確認した限り、唯一、マルジャン・サトラピ『ペルセポリス』だけでした。つまり、イギリスにおいて自国のマンガとして主流なのは今もって、かつての「パンチ」の流れに属する風刺マンガで、ストーリーマンガ=コミックは基本的にアメリカに属し、アメリカ経由で輸入されるものなのです。これは内覧会の時に日本の出版社の方からも伺ったのですが、イギリスのマンガのシェアはヨーロッパで、北欧よりもロシアよりも低い。おそらく欧米主要国の中で日本マンガのシェアが最も低い国がイギリスです。
つまり、マンガが人気だから大英博物館で展覧会が開かれたわけではなく、市場ではそれほど知られていないのに、大英博物館で展覧会が開かれている。
そこに今回のマンガ展を理解する鍵があると私は思います。だからこそ、人々が「マンガ」を理解するための入り口がたくさん必要であり、「アリス」はその「鍵」となる入り口の一つなのです。
ここからはあなたの知らない世界。ちょっと不思議で奇妙な世界。でも、入ってその世界に浸ってみれば、きっと楽しめる。そう! ウサギを追って穴に入っていったアリスがそうであったように。
不思議な「マンガ」の世界へようこそ!

日本マンガが「作られるところ」

この「ウサギの穴を抜けた世界」を案内するのは鳥獣戯画のウサギさんです。というか、こうの史代さんの『ギガタウン 漫符図譜』のウサギ「みみちゃん」です。
こうの史代さんの『ギガタウン 漫符図譜』というのは、鳥獣戯画のキャラクター(?)を使って、マンガの記号である漫符やオノマトペ(擬音語・擬態語)についてマンガで解説というか作品化した、
たいへんに面白くチャレンジングな単行本です。その『ギガタウン』の「みみちゃん」を案内キャラクターにして展示は進んでいきます。
つまり、アリスと鳥獣戯画の「ウサギ」がイギリスと日本をつないでいるわけですね。振り返った位置に、これもこうの史代さんの『ギガタウン』を使いながら、「マンガは右から左に読む」等の基本的なマンガの読み方が解説されていきます。と同時に、まず目に入る最初の展示は、手塚治虫が鳥獣戯画にみる日本漫画の要素を語るNHK日曜美術館のビデオです。
しかし決して鳥獣戯画が現在の日本マンガの直接のルーツだとは言っていないところがミソです。何をマンガのルーツとするかは定義にもよりますが、明らかに西洋の影響を受けて発展してきた、コマと絵と吹き出しの組み合わせで物語を語っていく、複製芸術としての現代のマンガは、鳥獣戯画を直接のルーツとはみなせません(コマも吹き出しもない「鳥獣戯画」は、肉筆である点でもここから外れます)。
そのことはキューレーターもよくわかっていて、modernなマンガは19世紀の終わりから始まると、展示にちゃんと書いてある。けれど大英博物館で日本マンガ展を開催するにあたっては、「日本美術の伝統」とのかかわりも外せず、こうした導入になっているのだと思います(“ウサギ”も重要なキーモチーフですしね)。そのあと北澤楽天と岡本一平の展示が続きますが、とくにこの展覧会の歴史編で北澤楽天がフィーチャーされているのは、オーストラリア出身のナンキベルに師事し、渡英もした北沢楽天が、まさにイギリスと日本のマンガ文化をつなぐ存在だからでしょう。
導入のところでは、歴史や読み方だけでなく、「マンガはどのようにして作られるか」という展示も続きます。石ノ森章太郎『マンガ家入門』の紹介や、マンガを描く道具(井上雄彦さんのもの)の展示があり、夏目房之介さんの「『漫画学~マンガでマンガを読む』より コマトピア」の展示があるかと思えば、出版社の編集部の大きな動画展示がある。
そこでは、小学館・集英社・白泉社・講談社各社から編集現場での心得等のビデオメッセージが流され、日本のマンガ製作において編集者の果たす役割がいかに大きいかも説明されています。
また、「マンガ製作の現場」ということでは、「浦沢直樹の漫勉」の東村アキコさんの回(「雪花の虎」)とさいとう・たかをさんの回が紹介されていて、それが、さいとうさんの『無用ノ介』の表現の斬新さの紹介にもつながっていきます。表現の特徴の解説をしながら、さいとうさんの『運慶』も含めて入り口近くに時代劇が並ぶのは、やはり「日本」のイメージ導入なのでしょう。しかしその中に東村さんの『海月姫』や、マンガ家自伝風マンガである『かくかくしかじか』も差し挟まれ、歴史的な経緯と、「マンガはいかに作られるか」を導入で同時に見せていこうという意図がうかがえます。

過去と現在

新しいスペースに入ると「手塚登場」。その最初は、戦後マンガの画期をなしたといわれる『新宝島』です。
じつは手塚の『新宝島』のルーツはディズニーコミックス『DonaldDuck PIRATE GOLD!』にあるのではないかというライアン・ホームバーグさんの説をすかさず出してきているのはさすがというか、
ここでも、英語圏のコミックと日本マンガとのつながりを示そうという意図でしょう。手塚の『メトロポリス』の横にフリッツ・ラング監督の映画「メトロポリス」が掲げられているのも同様の影響関係の掲示です。
それもある意味「過去からまなぶ」例ですが、この大英博物館でのマンガ展で最も特徴的なのは、現代のマンガと、モチーフが共通する江戸後期~明治初期の作家による日本美術を並べて見せた展示ではないかと思います。
たとえば井上雄彦『バガボンド』を挟んで、河鍋暁斎の「墨塗之図」と月岡芳年の「斉藤大八郎」の下絵が掲げられています。もちろん両者と井上さんの『バガボンド』との直接の影響関係はないと思いますが、宮本武蔵を主人公とする『バガボンド』が江戸時代の雰囲気を写しとろうとしていることは確かなわけで、並べてみると雰囲気は似通っている。ここにも一つ、江戸時代の美術なら観る、という人々との間に通い道を作ったということでしょう。あるいはもっと単純に、日本=サムライと連想する一般の人からも入りやすいようにしているとも言えます。
その横に展示されている大友克洋『さよならにっぽん』のキービジュアルのクジラと、歌川国芳の「宮本武蔵の鯨退治」の鯨とは、もう少し直接の影響関係が感じられます。並べてみると、ああ、なるほどね、と思う。そして杉浦日向子の作品群が、江戸時代の浮世絵のタッチを下敷きにしていることは論を俟たないでしょう。そして井上雄彦『バガボンド』の横の河鍋暁斎の絵の向こうには、
假名垣魯文の依頼を受けて河鍋暁斎が当時のなだたる歌舞伎役者たちを妖怪になぞらえて百鬼夜行の趣向で描いた、全長17メートルにもおよぶ巨大な歌舞伎の引幕「新富座妖怪引幕」の現物が展示されています。この引幕の向こう側の端が「ホラー」と「妖怪」マンガに連なっていくというわけです。

マンガが「売られるところ」

先の「過去からまなぶ」の対面には、「マンガの表現」と題して、赤塚不二夫「ウナギイヌの最期」や、『ドラゴンボール』『美少女戦士セーラームーン』などの有名どころが並びます。
萩尾望都『ポーの一族』や、こなみかなた『チーズスイートホーム』(この作品は、ものすごく海外で人気が高いです!)が展示されているのもこの最初の部分。ここまでが、マンガの読み方や歴史を学ぶ入門編といえる部分です。大英博物館のマンガ展がもう一つ特徴的なのは、これらの入門編を抜けた後の、展示のちょうど中央あたりに、「マンガが売られるところ」すなわち書店のイメージが、周囲を半開放の棚で囲ってしつらえられていることです。囲いの手前には、江戸時代の「草紙」を売る店から、辰巳ヨシヒロが描いた昭和の貸本屋などのイメージが並びます。そして奥には、大きく引き伸ばされた、今はなき老舗の漫画専門店「コミック高岡」の写真が! それもただ写真が貼ってあるだけでなく、三つのパートに分かれて、寝そべっている『ギガタウン』のウサギさん「みみちゃん」が読んでいる本のQRコードから「少年ジャンプ」の無料公開マンガが読めるし、本棚のアップもあるし、書店の壁にある新刊案内のポスターや「電子書籍取扱い店」「青少年健全育成協力店」などの表示をきちんと見せているのも感涙もの。そしてその上と左右の壁には、星野之宣『宗像教授異考録 大英博物館の大冒険』のイメージ投影が上下に走っていきます。じつは星野之宣さんと大英博物館はたいへん親しい関係にあり、これまでに行われた大英博物館でのマンガ展では必ずといっていいほど星野之宣さんの作品がフィーチャーされています。今回も、導入も星野之宣さんの『アリス』ですし、中央の書店スペースでもこのように『宗像教授…』が常時イメージ投影されている。今回の展覧会のキービジュアルが『ゴールデンカムイ』のアシㇼパさんであるのも、それと無関係ではないと思います。
つまり、大英博物館にとってマンガと民俗学・文化人類学は地続きで考えられているようなんですね。だから宗像教授が出てくるし、『ゴールデンカムイ』がキービジュアルだし、また諸星大二郎も大きく扱われている。それを、東洋を西洋とは違うエキゾチズムの視点から語ろうとする「オリエンタリズム」だと批判することもできますが、まあ、西洋の立場からするとそう見えるだろうな、とも思います。なにより、まだあまり日本マンガが一般的には親しまれていない現状では、一般にわかりやすい回路を使うというのも、一つのやり方ではないかと思うのです。さて、この囲いの外側には、マンガの英訳本やあるいは日本語そのままのマンガもたくさん置かれていて、QRコードから電子版のマンガを読むこともできるようになっています。実際にここに座ってマンガを読んでいる若い人たちもいました。

「すべての人にマンガがある」

続くコーナーでは、マンガの多様なジャンルを紹介して、自分のお気に入りを見つけてもらおう、という趣向です。「スポーツ」「ホラー」「音楽」「愛と欲望」……などなど。
「スポーツ」では『あしたのジョー』と『キャプテン翼』、障害者スポーツとして井上雄彦『リアル』。「ホラー」では伊藤潤二、続いて妖怪もので水木しげると『妖怪ウオッチ』。
「音楽」では『ブルージャイアント』をフィーチャー。「愛と欲望」に萩尾先生の作品が再び登場し(「柳の木」)、その下に末次由紀『ちはやふる』。通路を挟んで横には、竹宮惠子『風と木の詩』。この展示に作品冒頭のショッキングなベッドシーンが掲げてあるのは、「おお! 大英博物館がんばったな」という印象。
この作品も「児童ポルノ」と非難されかねないプロテスタントのキリスト教圏の中では勇気ある挑戦です。「愛と欲望」には、「日本マンガはしばしば性的に過激だと非難を受けるが、女性と子供を守るために規制が必要だとする人がいる一方、表現の自由を守るべきだという強い反発も見られる」というような解説がついています。『風と木の詩』の並びには、田亀源五郎『弟の夫』と、よしながふみ『きのう何食べた?』。ちなみにこの展覧会の1日前の5月22日から半年間、ロンドンのジャパンハウスでは「LGBTとマンガ」展を開催しており、田亀さんのトークイベントも開催されて盛況でした。(私の講演もこの流れで、「少女マンガにおける女性同士の愛」がテーマでした)。大英博物館の展示ではこのほか、「SF」として松本零士『銀河鉄道999』、竹宮惠子『地球へ…』が掲げられ、「変身」として石ノ森章太郎『サイボーグ009』、そして諌山創『進撃の巨人』。『進撃の巨人』は巨人の巨大な頭部も立体展示され、存在感を示していました。「信仰と信念」では、手塚治虫『ブッダ』と、中村光『聖おにいさん』。そして『NARUTO』と『ONE PIECE』と『ゴルゴ13』、そして『ジョジョの奇妙な冒険』が近接して並んでいたのもたしかこのあたり。イギリスではBBCが強いせいか、あまり日本のアニメが放映されておらず、日本アニメを見て育った子供たちが少ないことも日本マンガがあまり知られていない理由です。なのでこの大英博物館の展示でも、子供向けにアニメ化された作品が中心にならず、けっこうガロ系とか大人向け・青年向けの作品がフィーチャーされているのも、大きな特徴と言えるでしょう。この展示の周りの壁には、たくさんの人気作品の中からキャラクターを抜き出して拡大展示し、その中央に基になった原画を展示するという形で見どころ満載。ここで選ばれているキャラクターたちも、たとえばつげ義春『ねじ式』だったりするのです。

社会とマンガ、未来のマンガ

このあたりは境目が判然としないのですが、「社会とマンガ」のところには、原発事故をテーマにした『いちえふ』や、しりあがり寿さんの『あの日からのマンガ』。
そして広島の原爆をテーマにした、こうの史代『夕凪の街 桜の国』。コミックマーケットやコスプレサミットに関する展示もこのグループに入っていて、入り口には「チャージをしてからコミケに行こう!」というJRの啓発(?)ポスター。そして大きなスクリーンにコミケの様子が映し出されていきます。
下の方には「謎の銀行員さとみちゃん」(笑)のイラスト付きで里見直紀さんの紹介も。「学習漫画」の説明もあり、『名探偵コナン』はここに登場。「マンガと博物館」と題して、京都国際マンガミュージアムの、質の高い複製原画のプロジェクトである「原画ダッシュ」の紹介もあり、ここで新旧さまざまな少女マンガの複製画が展示されています。「過去の世界」では諸星大二郎『暗黒神話』のほか、ヤマザキマリ『オリンピア・キュロス』、星野之宣『海帝』など。また、谷口ジローとメビウスの合作である『イカル』や、二コラ・ド・クレイシーと松本大洋の合作マンガなども展示。海外で爆発的な人気を得ている『ワンパンマン』がやはりこのあたりの展示だったのは、『ワンパンマン』のベースがスーパーヒーローだからでしょうか。西洋と東洋の融合というのがコンセプトにありそうです。
そのほかポケモンのメディアミックスとか、赤塚不二夫のオノマトペを立体化して構成した、赤塚りえ子さんの「家訓(ディテール)」の展示も。娘の赤塚りえ子さんは、
90年代から英国で学び、現在もロンドンで暮す現代芸術家。そのせいか、本展覧会でも赤塚不二夫の存在感は強いです。最後に、オノマトペや背景の入った画面の中に、自分たちの姿を漫画風に納めた「作品」を作ることができるアプリで展示は締めくくられます。内覧会の時間も限られており、抜けている作品や作家も多いと思いますが、ご容赦を。オープニング関連イベントしては、ジャパンハウスと日本大使館での萩尾望都さんのトーク、先述の田亀源五郎さんのトーク、そして『キャプテン翼』の高橋陽一さんとサムライブルーのザッケローニ監督のトーク(!)などがあったことを申し添えておきましょう。ちなみに、この素晴らしい展覧会のキューレーターは、中心となったNicole Rousmaniereさん以下、3人すべて女性。展覧会は8月26日まで大英博物館で開催中。
もし興味を惹かれたらぜひロンドンへ!また、展示以上の解説が入った展覧会カタログの書籍版“Graphic Power of Manga” もamazonの洋書の扱いで日本から予約できます(8月20日発売予定)。
「ロンドンまではいけないけど興味がある」という方は、こちらをどうぞ。ただし解説は英語なので、そこはご注意を!

冬コミ95 国際交流コーナー 報告

コミックマーケット95の国際交流コーナーでは、2018年12月に台湾 高雄にて開催された『駁二動漫祭』について特集しました。

会場の様子や同人誌などを展示しました。
パネルのコメント解説は、長年、台湾のマンガ文化に触れ合ってきた、本郷さんにご居力いただきました。

今回も世界中からたくさんの方々が来てくれました。

次回、コミックマーケット96では、ニューヨークのイベントを特集する予定ですので、ご期待ください!

「バンド・デシネは運動不そく??」バンド・デシネにおけるスポーツ

「東京オリンピックまで2年をキリました」…と言うフレーズをあちらこちらで聞かれる様になってきた今日この頃…。今回のAIDE新聞はフランス生まれのフレッドにBD(バンドデシネ)に於けるスポーツについて報告してもらいました。

フレデリック・トゥルモンド (Frédéric Toutlemonde)
1978 年パリ郊外リラ生まれ。パリ第7 大学日本言語文化学科卒。学生時代にスペインとキューバを繰り返し訪問。 1999 年
に初めて日本を訪れ、2003 年より日本で暮らす。2014 年まで在日フランス大使館に勤務した。2008 年にEuromanga 合同会社設立、バンド・デシネを専門にしたマンガ誌『 Euromanga』誌の出版を始める。2014年5月にユマノイド日本支社設立、代表に就任。2012年から海外マンガ フェスタの実行委員会委員長を務めている。

1980年代半ば、僕が8歳のときにフランスで『キャプテン翼』のアニメの放送が始まりました。当時はいろんなチャンネルで、日本のアニメが放送されていました。
『UFOロボグレンダイザー』に『キャプテンハーロック』に『コブラ』……。あの頃、僕らのヒーローは宇宙を股にかけた正義の味方やロボットでした。要するにメイド・イン・ジャパンの空想的なキャラクターたちです。そこに翼くんがさっそうと登場しました。放送が数回終わった頃には、子供たちは翼くんのシュートやテクニックや哲学(「ボールは友達」!)の話で持ち切り。
学校の休み時間になると、校庭で自然とサッカーが始まります。それまで子供たちの憧れは、フランスが生んだ大スター、ミシェル・プラティニでした。ところが今や話題の中心はオリヴィエ・アトン(大空翼のフランス名)やトマ・プライス(若林源三)、マーク・ランダース(日向小次郎)になったのです。
放送開始から1年が経つ頃には、『キャプテン翼』の影響でフランス中の少年サッカークラブの定員が2、3倍に増えるまでになりました。かく言う僕もその頃サッカーを始めたクチです。それからほどなくして、今度はバレーボール・アニメの旋風がフランス中に吹き荒れます。子供たちは競ってバレーボールをし始めました。こんなふうにスポーツアニメはフランスで大人気だったのです。
おそらく日本でも、これらのアニメや『スラムダンク』などがものすごい影響力を持っていたことでしょう。中にはアニメを通じて有名になったスポーツもあるのかもしれませんね。もちろんアニメに限った話ではありません。スポーツはマンガでもたくさん描かれています。アニメもマンガもアクションの時間を上手にコントロールし、いろんなエピソードをどんどんつむぎ、
スポーツの魅力を何倍にもして伝えます。僕はマンガの専門家ではありませんが、スポーツマンガが重要だといことは、大手の少年マンガ誌におけるスポーツマンガの割合を見れば一目瞭然です。スポーツマンガはマンガ産業の柱のひとつとすら言えそうです。

日本のスポーツマンガのすごさはきっと皆さんよくご存じでしょう。フランス人の僕がわざわざ説明するまでもありません。それでは海外のスポーツマンガ事情はどうなのでしょう?
アメリカのコミックスについては、スーパーヒーローが優勢ということもあり、スポーツのテーマを扱った作品は決して多くはないようです。それでも、野球、アメリカンフットボール、
バスケットボールなどを描いた写実的なコミックスがいくつか見受けられます。かつてはスポーツを扱ったコミックスがもてはやされていた時期もありました。1950年代にはマーベルから『Sports Action(スポーツ・アクション)』という雑誌が出版されていま
す。それらはしばしばとても写実的なスタイルで描かれていて、有名な選手やチームに焦点を当てたものでした。対照的にフランス語圏のマンガ“バンド・デシネ”(以下、BDと略します)の状況は、もう少し多様です。以下に詳しくご紹介することにしましょう。そもそもBDが日本では決して広く知られていませんし、マンガファンの中でBDにまで手を伸ばしている人は稀なはず。そんな状況でスポーツBDを紹介するのはあまりにマニアックだと思われてしまうかもしれませんが、日仏のマンガとBDの文化の違いに焦点を当てるという意味では面白い試みでしょう。それぞれの文化でスポーツは何を期待されているのでしょうか。
BDでスポーツを描くのは決して簡単なことではありません。日本のマンガとは異なり、BDの定型的なフォーマットはA4判よりやや大きい“アルバム”と呼ばれるもので、ページ数は50ページほど、
中は白黒ではなくオールカラーです。これだけ少ないページ数で物語をおもしろく語るためには、1ページに情報がたっぷり詰まったコマをたくさん配置する必要があります。このような条件で運動やアクションを長々と展開するのは非常に難
しいことです。したがって、BDでは、アクションを延々と描写することはせずに、要約的に最初と最後だけ見せる傾向があります。これは極めてBD的な表現方法
で、日本のマンガとは大きく異なります。そもそもの性質からして、BDは好んでスポーツの場面を描いたり、スポーツそのものを主役にするのに向いていないのです。だからと言って、BDの中にスポーツが出てこないわけで
はありません。なぜなら、まず第一にたいていのBDは作者が住む現実を反映していますが、あらゆるフランス人がそうであるように、BDの作者もまた概してスポーツ好きだからです。作者はスポーツのシーンを描きたいのです。また、そのBDがアクションに乏しい作品である場合、スポーツのシーンがアクションとしていい味付けになるということもあります。BDの中で独創的なスポーツ
が描かれることもあります。日本で翻訳出版されたBDでは、エンキ・ビラルが『モンスター』の中で近未来のサッカーを描いています。それはサッカーはサッカーでも、ボールが2つあり、ゴールキーパーがふたりいるサッカー
なのです! あるいはバスティアン・ヴィヴェス、バラック、ミカエル・サンラヴィルの『ラストマン』では、ふたり一組のチームで行われる格闘技が描かれています。とはいえ、スポーツは必ずしもいつもBDの中で逸話的に扱われているだけではありません。スポーツそのものを描いたシリーズもののBDが実はたくさん存在しているのです。先ほど少し触れたアメリカのコミックスのように、あるスポーツ選手に焦点を当てた写実的なスタイルの作品だってあります。例えば、『Eric Castel(エリック・カステル)』という作品。これは1970年代から80年代を舞台にFCバルセロナのあるサッカー選手のキャリアを描いたシリアスな長編シリーズです。もっとも、これはかなり例外的な作品で、スポーツBDはユーモラスな作品であることが多いようです。あるスポーツチームの日常が描かれ、喜劇的なシーンや突飛な状況が散りばめられるといった感じでしょうか。こうしたBDの人気作に『Les Rugbymen(ラグビーメン)』がありますが、この作品では、ラグビーをしているシーンはほとんど重要ではありません。主人公のチームが勝つにしろ負けるにしろ、特にサスペンスの要素はないのです。多くの場合、主人公のチームは試合に負けますが、それも負けたほうが物語上面白いから負けるといった具合です。重要なのは、そのスポーツにふさわしい滑稽なギャグをどうやって生み出すかということです。

同じスポーツをしている人なら似たような状況に陥ることもあるでしょう。読者は自分が陥りがちな状況を作品の中に見出して、楽しむことができます。スポーツをしている間はそのスポーツにのめり込み、一瞬一瞬のスリルな状況を楽しむこともあるでしょう。しかし、スポーツBDを読むことは、スポーツを楽しむことと必ずしも同じではありません。読書は孤独な作業ですが、スポーツは多くの場合、友人たちとある瞬間を共有したり、笑いあったり、小競り合いをしたりすることなのだということを思い出してもいいでしょう。ラグビーには「サード・ハーフ」という言葉があります。「アフターマッチファンクション」とも呼ばれ、試合が終わったあとに、敵味方が混ざり合
い、交流するのです。勝とうが負けようが、強かろうが弱かろうが、そんなことはどうでもいい。大事なのは同じ瞬間をみんなで生きること。しばしば子供向けの軽いノリのスポーツBDは、そのことを読者に思い起こさせようとしているのです。とはいえ、スポーツに対して真剣にアプローチするBDが皆無というわけではありません。日本のある種のスポーツマンガがそうであるように、求道的に自己の超越を目指す作品だって存在しています。しかし、スポーツもののBDで重視されているのは、やはり余暇としてのスポーツであり、社交の場としてのスポーツだと言っていいでしょう。極めてフランス的なスポーツ観です。近代オリンピックの父ピエール・ド・クーベルタンの名言を思い出してみてもいいでしょう。「参加することに意義がある」というあの有名な言葉を。


●サッカー
●タイトル : Louca(ルカ)
●作 : Bruno Decquier(ブリュノ・デキエ)
●画 : Bruno Decquier(ブリュノ・デキエ)
●出版社 : Dupuis
●巻数 : 6
●出版年 : 2013-2018
[あらすじ] 主人公の少年ルカは落ちこぼれ。女子にももてず、自分を変えたくて仕方ない。そんな彼の前にナタンという少年が現れ、何かとアドバイスをしてくれることに。ナタンはイケメンで頭脳明晰、サッカーが上手で、おまけに冗談も面白い……。つまり、ルカにとってはまたとない理想的なコーチ。しかし、ナタンにはとんでもない秘密があった。実は彼は既に亡くなっていた……。つまり幽霊だったのだ。幽霊コーチのナタンは、はたしてルカを変えることができるのだろうか?

●サッカー
●タイトル : Eric Castel(エリック・カステル)
●作 : Raymond Reding(レイモン・レディング)
●画 :Raymond Reding(レイモン・レディング)
●出版社 : Fleurus
●巻数 : 15
●出版年 : 1979-1990
[あらすじ] エリック・カステルはプロのサッカー選手。FC バルセロナに移籍したところだ。チームはまもなく行われるFCケルン戦に向けて猛練習に励んでいる。
ふとした瞬間にエリックはホームシックに襲われるが、そんなときはフォッサ・デ・マールの地を訪れ、故郷を懐かしむ気持ちを紛らせようとする。彼はその場所でサッカー好きの少年たちのチー“レ・パブリートス”と出会う。少年たちはあのエリック・カステルだとも知らずに、エリックと仲良くなるのだった。エリックの目下の悩みは、チームのスター選手スタノヴィッチとうまく打ちとけられないこと。そんな折、偶然あるプレーの最中に、エリックはスタノヴィッチの脚に怪我を負わせてしまう。ショックのあまりエリックは、練習を欠席する。はたしてエリックの友人となったレ・パブリートスのメンバーは、エリックのやる気を取り戻させることができるのだろうか?

●タイトル : Head-Trick(ヘッド・トリック)
●作 :E.D.
●画 :K’Yat
●出版社 :ED Edition
●巻数 :10
●出版年 : 2011-2018
[あらすじ] 主人公のエドは、あらゆる高校の校長から怖れられる鋼の
ように固い頭を持つ高校生。学校嫌いの彼は、人からちょっかいを
出されると、強烈な頭突きを食らわせるのをならわしにしていた。そ
んな態度のせいで、エドは今までいくつもの高校を退学になり、学校
を転々としていた。ある日、エドはポケットに両手を突っ込み、自動
販売機を頭突きしてジュースのボトルを落とそうとしているところを、
とある老人に見初められる。老人はサッカーの元コーチだと名乗り、
エドを謎のチームにスカウトしようとする。問題はエドが、学校以上
にサッカー嫌いということだった……。どうなる、エド !?

●自転車競技
●タイトル : Le tour des géants(巨人たちのツール)
●作 : Nicolas Debon(ニコラ・ドゥボン)
●画 : Nicolas Debon(ニコラ・ドゥボン)
●出版社 : Dargaud
●巻数 : 1
●出版年 : 2009
[あらすじ] 1910 年7月、パリ。ある男の立ち合いのもと、夜明け前
にツール・ド・フランスの開始の合図が告げられた。男の名はアンリ・
デグランジュ。自身スポーツをたしなむ紳士にして『ロト』紙の編集長、
そしてこのツール・ド・フランスという競技の創始者である。合図を
聞いた110人の選手が、交換用のチューブラータイヤを背負い、一斉
に飛び出す。彼らは3 週間で4735㎞を走破し、ゴールであるパルク・
デ・プランス競技場に戻ってこなければならない。誰もが勝者となる
ことを夢見ている。だが、フランス一周を成し遂げて、その場に戻って
くることができたのは、半数以下の41人だった……。

●自転車競技
●タイトル : L’écureuil du Vel’ d’Hiv’
(ヴェル・ディヴ[冬期競輪場]のリス)
●作 : Lax(ラックス)
●画 : Lax(ラックス)
●出版社 : Futuropolis
●巻数 : 1
●出版年 :2012
[あらすじ] 物語の舞台は1940 年のパリ。主人公はサムとエディの兄弟。兄のサムはトラックレース専門の競輪選手。ヴェル・ディヴの愛称でよく知られらた冬期競輪場の花形選手で、その敏捷性からリスとあだ名され、絶大な人気を誇った。
弟のエディは左腕と左脚が麻痺したジャーナリスト。やがてパリはドイツに占領され、エディはレジスタンス活動に身を投じる……。ドイツによる占領時代、サムとエディは一心同体の兄弟愛で結ばれ、互いを思いやりながら過ごす。だが、ふたりの兄弟は運命のいたずらに翻弄されることになるのだった……

●ラグビー
●タイトル : Top 14(トップ14)
●作 : Benjamin Ferre(バンジャマン・フェール)
●画 : Gildas Le Roc’h(ギルダ・ル・ロック)
●出版社 : Soleil
●巻数 : 5
●出版年 : 2014-2018
[あらすじ] トップ14 とはフランスのプロラグビーリーグのこと。その各チームから最高の選手たちが選ばれ、さらにペナルティーキックの大会を勝ち抜いたラグビーファンの少年ルカが加わり、トップチームというエリートラグビーチームを結成する。
トップ14 のいいところを集めた彼らは、“ チーム・チャレンジ”の栄冠を賭けて、ヨーロッパの他のトップチームと戦う。しかも、ウィルキンソンやココット、ピカモール、テイルズといった伝説の選手たちが彼らにアドバイスを授け、
彼らを支援してくれるのだ! 才能のみならず、勇気をも併せ持ったこの少年たちは、やがてフランスラグビー界の誇りとなるだろう!

●ラグビー
●タイトル : Les rugbymen(ラグビーメン)
●作 : Beka(ベカ)
●画 : Poupard(プパール)
●出版社 : Bamboo
●巻数 : 16
●出版年 : 2005-2018
[あらすじ] パイヤールの村ではラグビーが何よりも大事にされている。村には円形広場がいくつかあるが、そのどれもがラグビーボールの形をしているほど!
そんな村の自慢はパイヤール・アスレチック・クラブというラグビーチーム。怖れ知らずの彼らが怖れていることがあるとすれば、それは、悪意あるイギリス人たちが地元のバー“アルバラ= ディジェオ”をサロン・ド・テ(紅茶専門の喫茶店)にしてしまうことだけ。
敵チームの拳骨が来ようが張り手が飛ぼうが、選手たちにはお構いなし! 耳がつぶれ、目が腫れ上がっても、男っぷりがあがったと喜んでいるほど……。ようこそ、ラグビーの世界へ! 選手のルピオートやラ・クアーヌ、ラネステジスト、ラ・テーニュ、ブリションらと一緒にクラブハウスに入り、ロッカールームを抜けて、スクラムを組み、サード・ハーフを楽しもう。

●ラグビー
●タイトル : Léo Passion Rugby(レオ―情熱のラグビー)
●作 : Loic Nicolof(f ロイック・ニコロフ)
●画 :Philippe Fenech(フィリップ・フェネック)
●出版社 : Soleil
●巻数 : 3
●出版年 :2007-2009
[あらすじ]「 僕はラグビーのチャンピオンになる!」レオは友達のデブのムースに毎日こう繰り返し話している。やがて彼らが住むグリヌヴァル= シュル=レに新しいコーチがやってきて、新しいラグビー・チームが作られる。
もちろんふたりはすぐさまチームに加入した。ふたりと一緒にチームに加わったのは、石頭のサミア、のっぽのファニー、美男のケヴィン、けんかっ早い双子のリュックとルカ、インテリのエフエックス。
彼らはライバルのトゥルシー・ランデルのチームと戦うために厳しいトレーニングを積む。レオと仲間たちは宿敵に勝利することができるのだろうか?

●テニス
●タイトル : Max Winson(マックス・ウィンソン)
●作 : Jéremie Moreau(ジェレミー・モロー)
●画 :Jéremie Moreau(ジェレミー・モロー)
●出版社 : Delcourt
●巻数 : 3
●出版年 : 2014-2016
[あらすじ] マックス・ウィンソンは不敗のテニスチャンピオン。人々は彼に畏敬のまなざしを送るが、実のところ彼は世間が思うような人物ではない。
彼は、幼い頃から暴君的な父親の操り人形も同然で、非人間的なトレーニングによって作り出された人間味を欠いたチャンピオンだった。父親の力が衰えたとき、ついに彼の目の前に自由の扉が開く。
しかし、それと同時に、彼は自分の存在意義を危うくする状況にさらされるのだった……。

●テニス
●タイトル : Tennis Kids(テニス・キッズ)
●作 : Ceka(セカ)
●画 : Patrice Le Sourd(パトリス・ル・スール)
●出版社 : Bamboo
●巻数 : 2
●出版年 :2014-2015
[あらすじ] テレビで見る限りでは、テニスはいとも簡単だ。テニス選手たちはいとも簡単にエースやスマッシュ、パッシングショットを決めてみせる……。
ところが、いざラケットを手にしてみると、その印象は見せかけに過ぎないとわかる。ボールをコートに入れることでさえ、どんなに難しいことか! ラファエル、ジュリアン、ディミトリ、クレマン、クララ、オフェリーの6 人は、そのことを自分の身をもって経験することになる。
彼らの面倒を見るグレッグ教授は、この未熟な選手たちをテニスのサイボーグに仕立てあげなければならない……。6 人のテニス・キッズは不可能を成し遂げることができるのだろうか?

●バスケットボール
●タイトル : Basket Dunk(バスケット・ダンク)
●作 : Christophe Cazenove(クリストフ・カズノーヴ)
●画 : Maurice(t モリセ)
●出版社 : Bamboo
●巻数 : 7
●出版年 : 2005-2010
[あらすじ] 重力の法則に反してスラムダンクを決め、長距離から3 ポイントシュートを狙う。あるいは、ジャンプボールをしてごらんよと女の子たちをコートに誘い入れ、最新流行のファッションをギャラリーに見せびらかす……。
それもこれもバスケットボールの魅力。結局、マーカスとルディ、カフィ、フレディたちはバスケットボールに目がないのだ。彼らは新しいジョーダンになるべく、日夜、クラブやストリートでバスケットボールに励む。

●柔道
●タイトル : Les aventures de Teddy Riner
(テディ・リネールの冒険)
●作 : Béka(ベカ)
●画 : Jikkô(ジッコ)
●出版社 : Dargaud
●巻数 : 3
●出版年 : 2016-2018
[あらすじ] 主人公のテディ・リネールは子どもたちに柔道を教えている。彼はある秘密の奥義を会得すべく日本を訪れる。「竜の怒り」と呼ばれるこの技を知っているのは、3人の年老いた柔道家だけだった。
日本旅行だからといってのんびりしている暇はない。同じ奥義を狙ってドジでマヌケな敵たちがテディの前に立ちはだかる。はたしてテディの運命やいかに?

●乗馬
●タイトル : Triple galop(トリプル・ギャロップ)
●作 : Michel Rodrigue(ミシェル・ロドリーグ)
●画 : Benoît Du Peloux(ブノワ・デュ・プルー)
●出版社 : Bamboo
●巻数 : 14
●出版年 : 2007-2018
[あらすじ] 乗馬クラブへようこそ。体調管理に毛並みの手入れ、森での散策……。やるべきことはたくさんある。クラブに集まる人たちはバラエティ豊か。騎手や馬たちの思いがけないエピソードを聞いたら、きっと思わず笑ってしまうはず。
いたずら好きのポニーのマスコットや美しい牝馬のブランシュ・ネージュ、足の速いラムセスなど、特徴豊かな馬たちがたくさん。馬を愛する人たちにぜひ読んでほしい作品!

●ボクシング
●タイトル : L’enragé(怒り)
●作 : Baru(バル)
●画 : Baru(バル)
●出版社 : Dupuis
●巻数 : 2
●出版年 : 2004-2006
[あらすじ] アントン・ウィトコウスキーは激しい怒りを抱えている。自分が今置かれている境遇に対する激しい怒り。ろくでもない郊外から抜け出したい。厳しい父親の影響力のもとから逃げ出したい。
彼はその怒りを拳に込める。彼の拳は金になる。彼自身、それを感じ、よく心得ていた。周囲の人間も同じことを彼に語る。トレーナーのマルコも、親友のモーも。ボクシングこそ楽園への鍵だ。金と勝利という楽園への。彼はこの楽園に旅立つべく、
ついに立ち上がる。

●ハンドボール
●タイトル : Hand 7(ハンド7)
●作 : Celinon(セリノン)
●画 : Albert Carreres(アルベール・カレール)
●出版社 : Humanoides Associés
●巻数 : 3
●出版年 : 2007-2008
[あらすじ]『 ハンド7』はハンドボールを取り上げた少なくともフランスでは初のマンガ! コメディタッチだが、実はこの作品、あの『七人の侍』に着想を得ているのだ。ヒロインのニーナは、弱小ハンドボールチームのコーチの娘。
あまりの弱さにこのままではチームの存続が危うい。スカウトしようにも、ニーナの父親のもとでプレイしようという選手が見つからない。万策尽きたニーナは、他のスポーツの選手に目をつける。
例えば、ジャオはサッカー選手、カミは走り幅跳びの選手……。こうして集められた急造の傭兵チームが、チーム再建を賭け、ハンドボールに挑む!

●サーフィン
●タイトル : Patxi Babel(パトクシ・バベル)
●作 : Pierre Boisserie(ピエール・ボワスリー)
●画 : Georges Abolin(ジョルジュ・アボラン)
●出版社 : Dargaud
●巻数 : 2
●出版年 : 2014-2015
[あらすじ] 主人公のパトクシ・バベルはバスク地方に住む19 歳の少年。プロのサーファーになるために日々トレーニングに励んでいる。彼は一方で“普通の”若者の生活に憧れるが、父親がそれを許してくれない。
父親に反抗するために、ある晩パトクシはトレーニングを断で休み、パーティーに参加する。その晩、パトクシはローラと出会い、恋心を覚える……。だが、ふとしたことがきっかけで、それまで知らなかった父親の過去を知ることになる。
それからというもの、彼は政治とアイデンティティの問題に真っ向から向き合わなければならなくなる。そんな彼を支えてくれたのは他ならないサーフィンだった。

●セネガル相撲
●タイトル : Yékini, le roi des arènes
(闘技場の王イエキニ)
●作 : Clément Xavier, Lisa Lugrin
(クレマン・グザヴィエ、リザ・リュグラン)
●画 : Clément Xavier, Lisa Lugrin
(クレマン・グザヴィエ、リザ・リュグラン)
●出版社 :Editions FLBLB
●巻数 : 1
●出版年 : 2014
[あらすじ] セネガル相撲はセネガルではサッカー以上の人気を誇るスポーツ。本書は“闘技場の王”という称号を戴いた3人の選手について語る。セネガル相撲が盛んな小さな島出身のイエキニは、現状のメディアや政治、財政システムの在り方が気に入らず、それらに反抗してみせる。
彼の戦いはいつまで続くのだろうか?

●相撲
●タイトル : Yokozuna(横綱)
●作 : Jérôme Hamon(ジェローム・アモン)
●画 : Marc Van Straceele(マルク・ヴァン・ストラセール)
●出版社 : Kana
●巻数 : 2
●出版年 : 2013
[あらすじ] 身長2 m、体重120㎏と体格こそいいが、チャドは内気で控え目な性格の若者。日本に行って力士になればと勧められるが、とてもそんなことはできそうにない。彼は相撲なんてしたこともなかったし、そもそも日本語だってひと言も話せないのだ。
それでもチャドは、いつか相撲の最高位である横綱になれたらという夢を抱き、東京へと飛び立つ……。後に曙と呼ばれ世界中で知られることになるチャド・ローウェンの半生から着想を得た描かれた友情と勇気の物語。

●オリンピック
●タイトル : Astérix aux jeux olympiques
(オリンピックのアステリックス)
●作 : René Goscinny(ルネ・ゴシニー)
●画 : Albert Uderzo(アルベール・ユデルゾ)
●出版社 : Hachette
●巻数 : 1
●出版年 : 1968
[あらすじ] 古代ローマに抵抗するガリア人の戦士アステリックスとオベリックスは、オリンピックに参加するためにギリシアのオリンピアに向かう。応援団の村人たちも彼らと一緒だった。
アステリックスの力の源は魔法の薬だが、困ったことに今大会ではドーピングの取り締まりが厳しく行わる様子。このままでは魔法の薬を飲むことができない。結局、アステリックスは魔法の薬に頼らず、ガリア人の代表としてただひとり大会に参加することになる。

●オリンピック
●タイトル : Les schtroumpfs olympiques
(オリンピックスマーフ)
●作 : Peyo(ペヨ)
●画 : Peyo(ペヨ)
●出版社 : Dupuis
●巻数 : 1
●出版年 : 1983
[あらすじ] 力持ちスマーフがオリンピックの開催を計画。勝利者にはスマーフェットとキスする権利が与えられることになる。それを聞いたスマーフたちは我先に力持ちスマーフの家に殺到。大会への登録を済ませる。
スマーフたちはチームに分かれる。赤組、黄組……。ところが、よわむしスマーフだけ取り残されてしまう。誰も彼とはチームを組みたくないのだ。やがて彼は自分ひとりで緑組チームを作ることになる。はてさて、勝敗の行方やいかに?

ワルシャワ国際コミックフェスティバル~ポーランドマンガの世界にダイブ

皆さん、こんにちは! 日本で海外マンガを翻訳出版しているフレデリック・トゥルモンドです。今回は僕が『AIDE 新聞』のナビゲーターを務めさせていただきます。

世界中にはコミックスやマンガをめぐるさまざまなイベントがありますが、ここ数年、その中でも大きなフェスティバルの紹介が進んでいます。
例えば、イタリアのルッカ・コミックス&ゲームズ(LuccaComics & Games)、アメリカのサンディエゴで行われるコミコン・インターナショナル(Comic-Con International)、
フランスのアングレーム国際漫画フェスティバル(Festival international dela bande dessinée d’Angoulême)とジャパンエキスポ(JapanExpo)、
アルゼンチンのコミコポリス(Comicopolis)……。規模といい、内容の豊かさといい、オリジナリティといい、どれもすばらしいフェスティバルです。

では、もう少し規模の小さいイベントはどうなのでしょう? 規模は小さいけれど、世界に誇れるイベントというものはないのでしょうか?
今回の『AIDE 新聞』では、皆さんを今まであまりなじみのない目的地、ポーランドにご招待します。今回ご紹介するのは、ワルシャワ国際コミックフェスティバル、そしてポーランドマンガの世界です。
フランスやイタリアといったヨーロッパの他の国と比べると、規模は小さいですが、ポーランドのマンガには思いがけない魅力がたくさんあります。
ぜひそれを皆さんにも
知っていただきたい。

[著者紹介:フレデリック・トゥルモンド(Frédéric Toutlemonde) ]

1978 年パリ郊外リラ生まれ。パリ第7 大学日本言語文化学科卒。学生時代にスペインとキューバを繰り返し訪問。
1999 年に初めて日本を訪れ、2003 年より日本で暮らす。2014 年までに在日フランス大使館に勤務する。2008 年にEuromanga 合同会社設立、バンド・デシネを専門にしたマンガ誌
『Euromanga』誌の出版を始める。2014 年5月にユマノイド日本支社設立、代表を務めている。2012 年から海外マンガ フェスタの実行委員会委員長を務めている。

それでは、いざポーランドへ!

まずポーランドの位置をおさらいしておきましょう。え、どこだっけ…という方、ご安心ください。
ヨーロッパには大小さまざまな国があり、ポーランドは大きな面積を誇っていますが、イギリスやドイツ、フランス、イタリアといった大国ほど知名度があるわけではないんです。
周辺国の名前をあげるとややこしくなる一方なので、できる
だけシンプルに説明してみましょう。ポーランドはドイツの東側にある大国で、大きさもドイツとほぼ同じ。
首都はワルシャワ。その人口は180万人強で、EU圏で9番目の大都市です。第二次世界大戦中に破壊され、数々の痛ましいエピソードの舞台となったワルシャワですが、
戦後見事に復興を遂げ、今日ではヨーロッパでも屈指の美しい街と
なっています。古都ワルシャワの魅力は、西欧のよく知られた観光地にも決して劣りません。
有名な作曲家フレデリック・ショパンが生まれ育った場所としても知られるこの都市は、物価も決して高くなく、公共交通機関も安定していて、安全で穏やかな印象があります。
心配性の外国人観光客にとっても居心地のいい都市だと言えるでしょう。

つまり、ワルシャワはまさに観光にうってつけな都市なのです。ちょうどしばらく前に日本との間をつなぐLOTポーランド航空の直行便も開通したばかり。
それではここから、ワルシャワ国際コミックフェスティバルとポーランドマンガについて見ていくことにしましょう。

ワルシャワ国際コミックフェスティバルへようこそ!

ワルシャワ国際コミックフェスティバル(ポーランド語ではKomiksowa Warszawa)は、中央アジア最大のマンガのフェスティバルのひとつで、ヨーロッパのマンガ編集者の間ではよく知られています。
その歴史は2010年に遡ります。その年、ポーランドのマンガ家や編集者、ファンからなるあるグループが、協力してポーランドマンガ協会を設立しました。
そして、この協会が主導する形で、年に1回ワルシャワでマンガのフェスティバルを開催することが決まったのです。ところが、2010年の第1回は波乱万丈の幕開けとなりました。
まずフェスティバルと関係の深い印刷所で火災が発生。次にアイスランドの火山が噴火し、海外ゲストの到着が大幅に遅れました。他にも不慮の事故が次々に発生……。
それでもフェスティバル事務局はこれらの試練を乗り越え、記念すべき第1回を成功させました。2013 年からは、マンガファン以外の人にも興味を持ってもらうべく、ワルシャワブックフェアとタッグを結成。
今ではフェスティバルは、同フェアの中で毎年開催されています。会場はPGE国立競技場。UEFA EURO2012 に合わせて建てられた建物です。
フェスティバルには毎年、世界中(フランス、ドイツ、アメリカ、メキシコ…)から10人ほどの作家が招待され、参加しています。規模はそれほど大きくなく、出展者数は50 組ほど。
そのほとんどがポーランドのマンガ出版社で、中には独立系の作家や海外から自国のマンガのプロモーションのためにやってきたエージェントなどもいます。
会期の4日間は、サイン会や国際的色豊かなトーク、ワークショップなど、さまざまなイベントが行われます。とてもアットホームな雰囲気で、一般の参加者も作家も編集者も交流を楽しんでいます。

ポーランドのマンガ市場

フェスティバルにはポーランドのマンガもあれば、アメリカン・コミックスも日本のマンガもフランスのバンド・デシネもあります。
このようにフェスティバルの中にさまざまな地域のマンガが同居していること、このことが現在のポーランドのマンガ市場をよく表しています。
ポーランドマンガ協会の会長によると、ポーランドのマンガ市場の構成比は以下のようになっているそうです。ポーランドマンガ20%、日本マンガ25%、アメリカン・コミックス30%、バンド・デシネ25%。
ポーランドのマンガ市場は今現在拡大中で、2014年以降、25%もの成長を遂げています。Kultura Gniewu 社の創立者SzymonHolcman氏によると、
現在はポーランドのマンガにとって最盛期ともいうべき時期で、新たな出版社が次々と生まれ、世界中のありとあらゆるマンガが翻訳出版されているのだとか。
マンガ関連のイベントもたくさんあり、ほぼ毎週末、ポーランド国内のいたるところでイベントが開催されています。18 年前に創立されたKulturaGniewu社は、Egmont社と並んで、ポーランドマンガのパイオニア的存在です。
2000年以降、これらの出版社を中心に、無数の小出版社が登場するようになったのです。

「マンガは“当たり前”のジャンルになった」

「最初のうちはポーランドマンガの読者コミュニティはごく小さなもので、書店もマンガを売りたがりませんでした。
しかし、3 ~ 4年前からメディアで話題になるようになり、“当たり前”のジャンルになったんです」とSzymon Holcman 氏は考えます。
Kultura Gniewu社はフランス=ベルギーのバンド・デシネの翻訳を主に刊行する出版社ですが、最初からポーランドの作家たちも扱っていて、今ではカタログの半分をポーランド人作家たちが占めるまでになりました。
「私にとっては、母国の作家たちの作品を出版することはとても重要なことなんです。児童マンガの分野では、ポーランドのマンガのほうが海外の作品より売り上げがいいんですよ」。
とはいえ、フェスティバル会場を歩いていると、ヨーロッパではすっかりおなじみのジェネレーションギャップの存在に目が留まります。
大人や子供はフランス=ベルギーのバンド・デシネやポーランドマンガに集まっているのですが、若者たちはアメリカン・コミックスや日本のマンガにしか興味がないようなのです。
ポーランドのマンガ市場は、一見急成長を遂げている新しい市場のように見えますが、必ずしもそうではありません。実は100年以上の歴史を誇る古い市場で、それが今大きく発展しようとしているところなのです。

ポーランドマンガの100 年!

ポーランドマンガは、1918年12月にとある新聞に掲載された『Ogniem i mieczem(火と剣と)』という新聞マンガから始まると言われています。
第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の自由を謳歌していたその時代、マンガはさまざまな新聞上に広がっていくことになります。その当時、ポーランドマンガの読者は、新聞の購読者でもある大人の一般大衆でした。
しかし、その後、海外マンガが入ってくることで状況が変わっていきます。
ちょうどその頃、『ローレル&ハーディ』、『プリンス・ヴァリアント』、『ターザン』、『ミッキーマウス』といったよく知られたコミックスが翻訳されるようになりました。
もともとは新聞に慎ましく掲載されていただけだったポーランドマンガは、やがて若い読者の人気を獲得し、1930年代にはポーランドマンガの雑誌や単行本がたくさん刊行されるまでになります。
この時期のポーランドマンガで有名なのは、KornelMakuszynski 作、Marian Walentynowicz 画で1933年に刊行された『Kozlotek Matolek』です。
ちょっとマヌケでおひとよしな雄ヤギの冒険を描いた作品で、全身真っ白な毛に覆われ、赤いショートパンツを履いている姿は、ポーランドの国旗を想起させます。
主人公のヤギは、子供たちが大好きで、徴兵されポーランド軍で働いたり、世界中を旅したり、祖国を憂えたりしますが、最後には必ず自分の住まいである家畜小屋に戻ります。
この作品は今なお大人気で、ポーランドの児童文学の古典のひとつと見なされています。

共産主義時代のポーランドマンガ

残念ながら、このポーランドマンガの最初の黄金時代は、第二次世界大戦とともに終わりを告げてしまいます。
1939年、ドイツに占領されると、マンガ産業は突如として停止し、再開されたのは終戦後になってからのことでした。
1945年から48年の間には出版社がいくつか復活し、両大戦間に刊行されていた人気作品を再び世に問うようになります。
しかし、第二次世界大戦後の共産主義新体制は、マンガを西側のポップカルチャーが生み出した悪徳と見なし、好意的にはとらえてくれませんでした。
そのため、せっかく再版された古い作品も、多くは1947年から1957年の間に発禁処分となってしまいます。
スターリンの死後、こうした発禁処分が解け、ようやくポーランドマンガは再び活気を帯び始めました。
その中核を担ったのは子供向けマンガで、マンガは、例えばボーイスカウトの雑誌に掲載されたりしたのです。
マンガはたちまち人気を博しますが、そこに目をつけたのがソ連でした。
プロパガンダの格好の機会と見なされ、親ソ連的なマンガが子供向けの雑誌に氾濫することになります。
このプロパガンダ期を代表する作品のひとつが『Kapitan Zbik(ズビック隊長)』です。
主人公はイケメンでインテリ、なおかつ公正な軍人で、ありとあらゆる格闘技の達人で、絶えず犯罪者と戦っています。
このシリーズは、若者たちに対して軍隊のイメージを刷新し、精鋭部隊が栄光で包まれたものだと思い込ませることを目的に作られたものでした。
若者たちもズビック隊長と同じように当局や法律に貢献すべし、というわけです。
このカリスマ的なキャラクターの生みの親は、民兵団司令部の広報部隊長Zladyslaw Krupkaでした。
ズビック隊長の冒険は、1967年に始まり、1982年まで続きます。
時が経つにつれ人気は拡大し、累計販売部数は1150万部にものぼっているそうです。今日でもズビック隊長の冒険は、ポーランドのキオスクで手に入れることができます。
特に当時をなつかしく思い出す年配の読者の間で、このキャラクターは今なお人気を誇っているのです。

ポーランドのジェームズ・ボンド

同種のプロパガンダマンガで人気を誇っていたシリーズがもうひとつあります。
1971年から73年にかけて出版されていた『Kapitan Kloss(クロス隊長)』です。
このシリーズは、第二次世界大戦を背景にあるポーランド人スパイがドイツ軍と戦う姿を描いています。
イケメンでインテリ、しかもプレイボーイであるクロス隊長は、ソ連の諜報機関で働くポーランド版ジェームズ・ボンドとでもいうべき存在です。
彼は第三帝国の内部に潜入し、絶体絶命のピンチを切り抜けます。
占領者であるソ連のために働くという意味で、常に論争の的になってきたキャラクターではありますが、クロス隊長は今でも、ポーランドのマンガの中で最も人気の高いキャラクターのひとりだと言っていいでしょう。

大衆的な子供向けマンガ

しかし、子供向けの雑誌や新聞に掲載されていたマンガがすべてプロパガンダ的な性格を持っていたわけでも、『ズビック隊長』や『クロス隊長』のようにリアルなスタイルで描かれていたわけでもありません。
あまり政治的でないマンガもかなりありましたし、その中にはヒット作もあったのです。
中でも、『Tytus, Romek i A’Tomek』と『Kajko & Kokosz』の2作は、未だにポーランドで大人気の作品です。
Henryk Jerzy Chmielewski(ペンネーム:Papcio Chmiel)による『Tytus, Romek iA’Tomek』は、親ソ連時代のポーランドを舞台に、人語を解すチンパンジーのTytusと彼の友人であるボーイスカウトの2人の少年の日常と冒険をユーモラスに描いた作品です。
このシリーズのテーマは、ボーイスカウト運動や交通事故防止対策、宇宙の知識など、教育的・道徳的なものです。
1957年にある雑誌で連載が始まり、1966年からは単行本の形でも刊行されるようになりました。
本シリーズはまた、年に一度、定期的に単行本が刊行されるようになった最初のポーランドの本でもあります。
その後テレビ向けにアニメ化もされました。もうひとつポーランドの子供向けマンガの象徴とも言うべき作品が、Janusw Christa の『Kajko &Kokosz』です。
この作者は、既に1958年から『Kajteki Koko』という作品をある雑誌に連載し、人気を博していました。主人公は、頭がよくて背が低い人物とちょっとマヌケでぽっちゃりしている人物の2 人組。
『Kajko& Kokosz』は、『Kajtek i Koko』を中世世界に移し替えた作品です。主人公のKajkoとKokoszの2人は、自分たちの村が近隣の強力な村から襲われるのを守り、その後もさまざまな冒険を積み重ねていきます。
このマンガは、物語のコンセプトにおいてもビジュアル面においても、フランスで最も有名なバンド・デシネ『アステリックス』を想起させます。
『アステリックス』でも主人公たちの住むガリア人の村がユリウス・カエサル率いるローマ帝国に襲われ、主人公たちがそれを守るのです。
違いがあるとすれば、『アステリックス』の舞台は史実に基づいた古代であるのに対し、『Kajko & Kokosz』の舞台は空想上の中世であるという点でしょう。
もっとも空想とは言いながら、その村は明らかに中世のポーランドをモデルにしているようで、スラブ人の勇敢な戦士たちがたくさん住んでいます。
一方、敵はと言えば、甲冑や兜から判断するに、近隣に住んでいたゲルマン人でしょう。
しかし、この作品が発表された当時、ゲルマン人の国家ドイツは東西に分かれていて、東ドイツは、ポーランドに強い影響力を持つソ連とも関係の深い友好国でした。
この作品が空想的な世界観を備え、そこに存在する民族や主人公たちの名前が現実と一致しないのは、過去の出来事との関連をあまりあからさまにせずに、隣国ドイツが抱えていた微妙な問題に下手に触らないようにするためだったのでしょう。
本シリーズは1972年から1990年にかけて刊行され、累計13巻で700万部以上の売り上げを誇っています。
現在でも小学校の必読書に指定されているそうで、どの書店にも並べられています。プロパガンダの要素がないこともあって、今日でも人気の作品です。

秘かに読まれた海外マンガ

親ソ連時代のポーランドマンガは、基本的にリアルなプロパガンダマンガか子供向けマンガに限られていました。
当時、検閲が存在していたのですが、そのため幻想的なマンガやSFが発展し、1970 年代末にはSF がポーランドマンガで最も人気のあるジャンルになります。
1982 年に創刊された『Relax』や『Alfa』、『Fantastyka』といった雑誌は、当時たいへんな人気を誇っていました。
掲載作品は、主に歴史もの、犯罪もの、SFで、ポーランドの作家だけでなく、チェコやハンガリーの作家も執筆していました。
検閲だけではありません。当時は、海外のコミックスを輸入したり、翻訳出版したりすることも禁じられていていました。
おまけに紙質が悪かったこともあり、マンガファンや作家たちは不満を抱く一方でした。
新しい世界を冒険する欲にとりつかれた彼らは、少しずつ海外のマンガ、とりわけアメリカン・コミックスとフランス語圏のバンド・デシネに対する関心を募らせていきます。
彼らは海外に四散した同胞たちを通じて、不法に海外マンガを輸入し、それらを闇取引で入手するまでになりました。
こうして何人ものポーランド人作家たちが、海外マンガの影響を受け、アメリカン・コミックスやバンド・デシネに近いスタイルを獲得するようになったのです。

海外マンガ解禁

1989年、共産主義体制が崩壊すると、突如として海外文化が解禁になりました。
もはや国家による検閲はなくなり、需要が供給を決定づけることになります。続く数年、ポーランドのあらゆる出版社が海外コミックスに殺到します。
両大戦間にはポーランドにも存在していたアメリカのスーパーヒーローが久しぶりに復帰を遂げました。子供たちのもとにはミッキーの雑誌が何種類も届くようになります。
しかし、この海外マンガブームは長続きしませんでした。というのも、他にもテレビドラマに映画、ビデオゲームなど、さまざまな娯楽がポーランドに入ってきたからです。
こうした他のコンテンツとの競合に苦しみ、やがてポーランドマンガに興味を持つ人の数は共産主義時代と同じ程度になり、あまり売れなくなってしまいます。
多くのマンガ出版社が少しずつ姿を消していき、作家たちが作品を発表できる機会といえば、フェスティバルだけ。ポーランドのマンガ産業が再出発を果たすには、1990年代の後半を待たなければなりませんでした。
ちょうどその頃、週刊の『ドナルドダック』誌が大ヒット(毎号20万部)したこともあり、Egmont社が海外マンガの雑誌を創刊し、さらには日本マンガを翻訳出版に乗り出します。他にも、JPFやYatta、Wanekoといった日本マンガに特化した小出版社が現れ始めました。
やがて新しい出版社が次々と誕生し、世界中のあらゆる地域のあらゆるジャンルのマンガが翻訳されるようになりました。
市場が再生することで、読者も新しくなりました。
親ソ連時代の一番いい時に比べれば、まだ小さな市場かもしれませんが、読者は好奇心旺盛で、世界に対して開かれています。
2000年代初頭以来、ポーランドのマンガ市場は、今までの遅れを取り戻そうとするかのように、アメリカン・コミックスでもフランス語圏のバンド・デシネでも日本のマンガでも、翻訳して出版しようという熱に浮かされています。

ポーランドにおける日本マンガ

ポーランドにおける日本マンガは、他の多くの国と同じような経過を辿ってきました。
インターネットが飛躍的に発展し、日本のアニメに簡単にアクセスできるようになって今に至ります。
現在ではポーランドにも日本のマンガ・アニメの若いファンがたくさんいます。特に人気があるのは、もちろん少年マンガ。大手出版社のヒット作は軒並みポーランド語に訳されています。
日本のマンガが販売されているのは、主に(日本関連の書籍を扱う)専門書店とイベント(日本のマンガ・アニメのフェスティバルやコンベンション)会場。
たいがいどの大都市にもこの手のお店やイベントがあって、一般書店にマンガが置かれていない状況を補っています。そもそも一般書店には、『Kajko & Kokosz』などの古典を除けば、ポーランドのマンガもほとんど置かれていません。
ですが、他のヨーロッパの国々と同じように、日本マンガに夢中になった世代の新しい作家たちがいて、彼ら彼女らは、日本マンガのスタイルでオリジナル作品を創作しています。
これらのマンガ的な作品の中で特に人気のあるジャンルはファンタジーです。とはいえ、ファンタジー人気は必ずしも日本マンガ的な作品に限った話ではありません。
世界的に有名なゲーム『ウィッチャー』が、その証拠でしょう。同人サークルの数はあまり多くなく、十数組くらいしか見当たりませんが、それに比べると、ひとりで同人誌やオリジナルマンガを制作している作家の数はかなり多い印象があります。
これらのマンガ家たちは、多くの場合、作品をインターネット上で公開していますが、一部、自費出版をしている人たちもいます。
ポーランドのあちこちで行われているマンガ・アニメのコンベンションに行けば、そうしたものにすぐに目にかかることができるでしょう。
最近では、ポーランドのマンガ出版社からオリジナル作品を発表する日本人マンガ家も登場し始めました。
特筆すべきはKattlettと吉川慶子で、どちらもポーランド在住の日本人作家です。
吉川さんは、チェコ共和国でアニメーションを学んだ後、2013年にポーランドにやってきました。
現在はポーランドのYatta社からマンガを出版すると一方で、ワルシャワのアニメーションスタジオでも働いています。
彼女のマンガは、日常生活やポーランドと日本の文化の違いを扱っていて、特に食べ物の話が中心になっています。
ポーランドで日本的なマンガを刊行する出版社はまだまだ数も少なく、規模も大きくありません。
作家の生活を十分にサポートできているとは言えませんが、それでも一部のポーランドマンガ家の中にははっきりと上達の跡が認められます。
ヨーロッパの他の国にも共通して言えることですが、日本のマンガは大人気なのです。

ポーランドの新しいマンガの多様性

これらの日本マンガスタイルで描く若い作家たちとは別に、その他の海外マンガで育った新しい世代の作家たちもいます。
彼らはそれらの海外マンガに影響を受けながら、それらとは一線を画すような仕事をしようと日々努力しています。
この世代の作家たちは、子供向けのマンガ、ユーモアマンガ、風刺マンガ、グラフィックノベルと、実に多様なジャンルで自分だけのスタイルを模索し、自分なりのグラフィックアイデンティティを確立しようとしています。
ここ数年の成功例としては、特にTomaszLew LeśniakとRafał Skarżyckiの『Jeż Jerzy』をあげることができます。
ラッパー兼スケートボーダーのハリネズミJerzyの冒険を描いた、現代のポーランドを反映した作品です。
この作品からは、社会からはみ出した現代のポーランドの若者の姿が浮かび上がってきます。
こうした現代社会に対する辛辣な風刺とはずいぶん趣を異にしますが、Tomasz Samojlikの子供向けマンガ『Ryjowka Przeznaczenia』は、ポーランドの田舎を舞台に繰り広げられる小さな齧歯類の冒険を魅力たっぷりに描いています。
この作品は現在アニメ化され、大ヒット中です。
既に触れたポーランドマンガの古典『Kajko& Kokosz』も、現在は新しい作家に引き継がれ、相変わらずの人気を誇っています。
最後に付け加えると、マンガは徐々に、若い世代に歴史や国家遺産を説明するための教育的な道具として、ポーランドの教育機関でも使われるようにもなってきています。
マンガとその描き手であるマンガ家たちは、長らくあらゆるメディアから不当に評価されてきましたが、徐々に取り上げられる回数も増えてきて、その評価も変わりつつあります。
たしかに現代のポーランドマンガの発行部数は、共産主義時代の最盛期と比べて決してまだ多くありませんし、マンガだけで食べていける作家もほとんどいないのですが、それでも状況はよくなりつつあることが確認できます。
ポーランドのマンガが、発展のただなかで、海外マンガに開かれ、ジャンルが多様化しつつあることは、疑いの余地がありません。成長はまだまだ続くことでしょう。
今後のさらなる発展に期待しましょう。

冬コミ93 国際交流コーナー 報告

コミケ93の国際交流コーナーでは、2017年11月にイタリア ルッカで開催された『LUCCA COMICS & GAMES HEROS 2017』について特集しました。

2017年、今回のテーマは「HEROS」でした。
イタリア トスカーナ州の城塞都市ルッカで行われるこのイベントは、1967年から続くヨーロッパ最古のコミックコンベンション!

今回も世界中からたくさんの方々が来てくれました。