イタリアの、同人誌
さて、メイン会場を出て、今回の主な目的の一つである、Self-Area=自費出版=同人誌ブースへ。30くらいのサークルが並んでいて、中には、山根緑さんの教え子たちが出してるブースも。山根さんがデ・アゴスティーニ社で監修をしていた「Manga
&Anime」というサイトで「本当に漫画制作をしたい人集まれ!」と呼びかけて集まったグループで、インクのしみでできた豚さんが目印の「TABOO!」という同人誌を、毎年継続して出しています。ふだんはネットで連絡を取り合って、1年に一度、このルッカ・コミックスで集まるのだそう。みんな若いけど、男性も女性もいて、さまざまな作風の作品が載っています(以下で紹介する作品も含め、これらの同人作品は、今回・コミケ83の国際交流交流コーナーでみんな読めます)。
Self-Areaで印象に残ったのは、彼らのブースの前にあった、ポップな絵でキリストを囲むさまざまなキャラクターのマンガを描いていたグループ。これが妙に印象深くて読みたくなる絵なんですね。実際、彼女たちのブースにはたくさんの人がつめかけていました。
その他、発泡性の赤ワイン(ランブルスコというのだそう)をご馳走してくれた男ばかりのグループは、作品もアメコミ風で男っぽい。終始陽気で、豪快で、イタリア語が話せたら一緒に飲みたい!と思ってしまうノリのいい男たちです。
もちろん日本風の作品もあって、なかで印象に残ったのは、さまざまな日本のキャラクターが登場する楽しげなパロディ作品。絵はまだうまいとは言えないけれど、とにかく画面から、日本マンガに対する「愛」が伝わってくるんです。事実、この作品が一番売れ行きがいいのだと、同じブースで本を売っていた男性が言っていました。
2日目の夜には古い立派な教会の中で各賞の授賞式があって、中にはSelf-Area=自費出版の賞も設けられていました。今回受賞したのはロシア系の女性で、彼女はすでにボローニャの絵本フェスティバルでも賞を取ったのだとか。すっきりした線で描かれた、感じのいい作品です。会場は7時に閉まるのですが、みんなと仲良くなったので、同人誌エリアの片づけを待って大勢で食事へ。そこでインタビューをして、いろいろ語ってもらいました。
ルッカ・コミックスは場所が限られているので、コミケと同じく落選もあるのですが、毎年出店している人優先なので、彼らはだいたい毎年、ここで顔を合わせるのだとか。自費出版=同人誌の販路は、こういうフェスティバルが主で、あとはインターネットの通販。だから別のフェスティバルで顔を合わせることもよくある。このあたりは日本と似ていますが、違うのは、「プロになりたいの?」と聞くと、全員が「もちろん!」。
でも、先述したようにイタリアの市場は小さいので、アメリカかフランスの出版界で認められる必要があります。その際、フランスの方が、作風の許容の幅が広く、B.D.風に限らず、アメコミ風でも日本マンガ風でもいけるのでプロデビューしやすいそう。一度名前が出ると、同人誌も売れるようになって生活が成り立ちやすくなると言っていました。
このSelf-Area以外でも、マンガ学校の生徒が、各巻ごとにテーマを決めた同人誌を作っていて、これがなかなかの面白さ。たとえば「トイレで読む本」「世界の終わりに読む本」「革命の時に読む本」、「寝る前に読む本」「片手で読む本」(=要するにエロチックな本(笑))。そして「読まない本」。最後のはどういう意味かというと、たとえば、ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』のパロディが入っていて、その心は、「有名だけど読まない本」。あるいは、ページの肝心なところを白で抜いたり、とにかく「読めない」。さすがは山根さんも教えるマンガ学校(イタリアのあちこちに系列校があります)の学生、コンセプトが面白いなあ。
教会での授賞式と
「王宮」マンガ展示会
2日目の夜は、ルッカのマンガ賞の授賞式。これが旧い教会(サン・ロマーノ教会)で行われるのですが、思った以上に素敵な祭典でした。
サン・ロマーノ教会の外観は、有名なドゥオモやサン・ミケーレ・イン・フォロ教会ほど派手ではありませんが、内部は荘厳で、ステンドグラスの窓があり、凝った彫刻が全体に施されているみごとなカテドラル。両側には賞の候補作の原画や複製原画がずらりと展示され、来場者はそれを自由に鑑賞できます。正面にある素晴らしい彫刻のパイプオルガンの下には巨大なスクリーンが映し出され、壇上で行われている受賞式を、あるいは受賞作品を手に取るように見ることができるのです。
日本人では2010年に、ヨーロッパで評価の高い谷口ジロー氏が「Maestro del fumetto」賞を受賞。fumettoとはイタリア語で「煙」の意味ですが、吹き出しの形からマンガのことをこう呼ぶようになりました。つまり、「マエストロ・デル・フメット」とは「漫画の巨匠」という意味の最高栄誉賞。この受賞により、谷口氏は昨年ルッカに正式招待されています。さて今年は――日本人の受賞はないのかしら……と半ばあきらめかけた時、「ベストシリーズ賞」として浦沢直樹『Billy
Bat』の受賞が発表!この場にいられてよかった…と思った瞬間です。
このようにルッカでは、いくつもの歴史的な建造物を使って展示やイベントが行われています。今年のメインゲストの一人である小畑健氏が絵を描きながらファンの質問に答えるという「ショーケース」と呼ばれるイベントが行われた会場も、天井が素晴らしいステンドグラスの建物でしたし、「デスノートクイズ」(カルトな問題が多かったのに、それにしてもみんなよく知っている…)が行われた「ジャパン・パレス」も予想を超える豪華な建物。そこに日本のフィギュアやコミックスや画材などを扱う出店が驚くほどたくさん、軒を接して並んでいるのは壮観でした。「ジャパン・パレス」は日本関係の展示やイベントを行うためのパビリオンで、2009年から開設されたのだそうです。
しかしなんといっても、展示のメイン会場になるのは「王宮」です。大きなシンポジウムなどのほか、メインの原画展示が行われていて、びっくりするほど厳かで豪華な階段を上っていくと、まず最初に目に入るのが、今回のフェスティバルのイメージ画を担当した二人の女性アーティストの作品展示。
ポスターやチケット、プログラムの表紙になっている今回のキー・ヴィジュアルは、アニメの「悪の女王」を思わせる、かなりエロチックでダークな感じを漂わせた女性像です。子供や家族連れも多いフェスティバルのイメージ画にこれを使う、というのが、さすがイタリア!これがアメリカだったら確実に、女性の身体をエロチックなアイコンにするな、に始まる各方面からの批判にさらされそうです。でも考えてみれば、イタリアの芸術には男性の裸像も溢れているし、その点では平等だから、イタリア人は「政治的に正しい」ことなど気にしないのでしょう。おおらかでエロスを愛すお国柄、いいなあ!
この女性像を描いたのは、Sara Pichelliという女性アーティストで、ふだんは主にアメリカで活躍し、スパイダーマンのアートワークなどを担当。マスクをとった黒人のスパイダーマンの絵が印象的で、面白い作風の作家さんです。
もう一つ、女性像の背景に置かれている、エキゾチックな古代の銅鏡を描いているのは、同じく女性アーティストのLaura Zuccherri。彼女はマンガも描いていますが、もともとはファインアートの人のようで、風景画が素晴らしく、また、オードリーヘップバーンそっくりのキャラクターを使ったミステリーが興味をひきました。
その他、王宮には、世界中から集められたさまざまな作風のマンガ家の原画が展示されていて(なかにはイタリアと関わりの深いアルゼンチンのマンガ家のものもいくつかありました)、この一つ一つの交渉、運搬などの手間と経費を考えると気が遠くなります。どうも、ルッカのコミックフェスティバルには相当の経費と人が動いており、ルッカ市から予算が下りるほか、地元のかなりの企業が協賛しているようです。アングレームでは、公共の費用と企業からの協賛金と入場料収入がほぼ3分の1ずつということでしたが、ルッカも似たような比率なのでしょうか。
さて、一つ一つの部屋が素晴らしい壁画と天井画(!)で彩られた王宮の一番奥に展示されていたのが、日本のマンガ家・辰巳ヨシヒロの原画展。辰巳ヨシヒロは「劇画」という言葉を生み出したマンガ家として知られ、2008年末に青林工藝舎から出版された『劇画漂流』は手塚治虫文化賞やアメリカのアイズナー賞など、国内外でさまざまな賞を受賞しました。谷口ジローと並んで海外で最もよく知られるマンガ家の一人で、このルッカでの原画展も、ヨーロッパでの彼の評価の高さを表しているでしょう。まさか辰巳ヨシヒロの原画が「王宮」に飾られているのを見られるとは思いませんでした。
ルッカ最後の夜には、映画「テルマエ・ロマエ」のイタリアでの上映会へ!「吹き替えられてイタリア語でしゃべっているアベちゃんが見たい!」と思ったのですが(実は山根さんの知り合いの中に、阿部寛によく似たイタリア人が…)、残念ながら英語の字幕付き日本語上映。しかし評判は上々で、関係者がいるわけでもないのに、映画が終わるといっせいに拍手の渦。一番観客が笑ったのは、ウォシュレットで意識がお花畑に飛んでしまうシーン。これには場内大爆笑。なんでも、ヤマザキマリさんによると、世界中どこでも、この場面が一番受けているんだそうです。
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